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愛と憎しみのIE6──当時のIE開発者と現開発者が本音と思い出を語り合う(前編)#ie6 #ie11

2014.04.09 Category:技術コラム Tag: , ,

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2014年4月9日にWindows XP、Office 2003、Internet Explorer 6(IE6)のサポートが終了する。IE4がリリースされた頃から、デファクトスタンダードのWebブラウザとして、コンシューマからエンタープライズのユーザーまでの幅広い人たちに使われてきた。

IE6サポート終了に何を思うのか。「俺たちのIE」について、当時のIE6開発者と現場開発者が本音トークを繰り広げた。
by 馬場美由紀 (CodeIQ中の人)

Windows95の登場と共にIEの歴史が始まり、IE4で圧倒的シェアを誇る

Windows XPが登場したのは、2001年。それと同時にIE6も発表された。エンタープライズの分野では13年も使われてきたXPとIE6。

「CSS NiteというWeb制作全般に関するセミナーで全国を回っていた時、ある地方で『マイクロソフトはIE6によってWebの進化を遅らせたことを反省して欲しい』と書かれたお客さまアンケートを読んだ。その時、なんという誤解を与えているんだと思った」と、日本マイクロソフトのエバンジェリスト物江修氏は語る。

IE5.5では、ダイナミックHTML(DHMTL)は非常によくできていて、ネットスケープナビゲータ(ネスケ)は太刀打ちできないほどいいブランドになっていた。

それなのに時代が経つに従い、悪者のような汚名を着せられていったIE。
「このままでは我慢がならない」と、現在の若手開発者にWebおよびIEの歴史をつまびらかにし、IEに対する負の印象を払拭する、そんな意気込みからかつてのIE開発者と現在の開発担当者が集まった、というわけだ。

まずは「時系列の意識あわせをしたい」ということで、物江氏がIEのこれまでの歴史を紹介するところからディスカッションは始まった。

<当時のIE6開発者>

村上 恒雄氏
1982年、日本IBM入社。マイクロソフトWindows3.1日本語版に携わる。93年にマイクロソフトに転職し、米国本社にて日本語版Windws95PC98版開発責任者に就任。
その後、マイクロソフトジャパンにて開発統括部長、インターネット製品部門長を歴任。
2006年、米国本社にて検索エンジン開発プロジェクトに参画。
現在は、GOTLAND-DESIGN.COM、THEENGLISHFARM.COMの運営責任者。

佐藤 秀一氏佐藤 秀一氏
アクシスコミュニケーションズ株式会社
マーケティング本部
シニアマーケティングマネージャー
1996年に新卒で入社。担当したのが、Microsoft FrontPage 97。その後もMSオフィス製品のチームに属していたが、IE4がリリースされたタイミングで、プロダクトマーケティング(当時のWindows製品部)に異動。2003年までWindowsプロダクトマネジャーに就任。2004年からMSN事業部に異動してHotmailを担当。2011年から現職。

五寳 匡郎氏五寳 匡郎氏
日本マイクロソフト株式会社
グローバル ビジネスサポート/マイクロソフト サービスサポート シニアサポートエンジニア
2000年マイクロソフトにTAM として入社。入社。2003年11月にWindows開発統括部に異動し、主にWindows製品のネットワーク機能とIEを担当する。Program ManagerとしてIE6 SP2からIE9までを担当後、Windows 8/8.1でOEMを担当し、2013年7月よりOffice365のSharePoint Onlineチームに参加。

<IEを愛する現場エンジニア代表>

物江 修氏物江 修氏
日本マイクロソフト株式会社
デベロッパー&プラットフォーム統括本部
クライアントテクノロジー推進部
エバンジェリスト
2000年よりマイクロソフト、NTTドコモのジョイントベンチャー立ち上げに参加。技術者として商用ASPサービスの設計と開発に従事。2004年入社。インターネット開発製品のサポートエンジニアを経験。6年前からエバンジェリストとしてInternet ExplorerとWindows 8アプリ等のWeb製品の認知向上のため活動している。

川田 寛氏
NTTコムウェア株式会社
品質生産性技術本部
技術SE部
Web技術者コミュニティ「html5jエンタープライズ部」部長。中立的な立場から、エンタープライズ領域で活用されるWeb技術の「今」について発信し、業界の発展に貢献している。
個人的な活動として、月間10万ビューを超えるWeb技術情報発信ブログ「ふろしき.js」を運営している。

物江氏が紐解く「IEのこれまでの歴史」

物江:IEが登場したのは1995年。Microsoft Plus! for Windows 95に含まれていた。IEは米Spyglass社からライセンスを購入したNCSA Mosaicをベースに開発されました。その後、短期間でアップデートを繰り返し、IE3でそこそこブラウザとして認知されるようになった。

1997年に出したIE4ではレンダリングエンジンをTrident(トライデント)に変えたり、アクティブデスクトップ (Active Desktop)がアドインできるようにしたりするなど、完全に作り替え、強力なブラウザとして一気に広まりました。またアップル社が傾き始めたので、マイクロソフトが出資を始めたのもこの頃。

村上・佐藤・五寳:そうそう97年。

物江:それによりMacOSのデフォルトブラウザもMacOS8.5から10の初期まではIEとなりました。こうなると、もはやネスケが入ってくる余地はありません。性能的にもシェア的にもネスケが下火となり、IEが伸びていったんです。

いろいろとつまづくこともありましたが、IE4はブラウザとしてめきめきと頭角を現していきました。確か、Windows 95が出るまでのネットスケープのシェアは80%ぐらいでしたが、ネスケ4のときにかなりシェアが下がったんです。ここからIEの勝利の歴史が始まりました。

ちなみにMAC用のレンダリングエンジンはTridentじゃなく、Tasman(タスマン)を使っていました。IEが広まり始めたのはIE4からという認識で大丈夫でしょうか?

全員:大きくうなずく。

物江:IEが広がった背景には抱き合わせ云々があると言われてきたが、実はIEの性能が抜群に良かったことが挙げられると思います。私自身、それまでブラウザはおもちゃみたいなものだと思っていましたが、IE4で「ブラウザってすごい」と思いましたから。実際に不具合もプログラミングのしやすさも、ネスケよりも勝っていたと思っています。

佐藤:そんなに褒められると、非常にこそばゆいですけどね。

村上:それもあるけど、シェアが広がったのは、やっぱり最初から無料でOS に入ってたっていうのが大きいんじゃないかな。最初からできることをわざわざ別なソフトを、お金を払ってまでは入れないっていうね。とくにコンシューマの方々はね。

物江:IE5が登場したのは1999年。CSS2、DOM Level1、XMLなどに対応するなど非常に手堅いブラウザとなった。当時のネスケはこの辺のサポートができていて完成度が高かったが、CSSのレンダリングにバグがあって扱いが難しかったため、IE5がどんどん広がっていった。そんな中、ネスケはオープンソース化され、非営利団体のMozilla Organizationが引き継いで開発されることになった。AOLに買われたネスケはいまやISPになってしまった。

村上:もうなくなっちゃいましたよね。

物江:IE5.5は2000年に登場。これも手堅いアップデートで事実上敵はいなくなった。そして問題のIE6。

佐藤:Windows XPがリリースされたのは2001年です。

物江:DHTMLの拡張などを行うなど、IE6も手堅いアップデートでした。Windowsの64ビット版は2005年にリリースされました。

川田:私はIE6が初めて触ったブラウザなんですよ。

物江:IEの対抗となるFirefoxが登場したのは2002年。そして2003年にSafari、Google Chromeは2008年に登場。99年時点でネスケが滅びていたので、2004年ぐらいまでIEは完全にブラウザ市場を独占していたんです。

川田:当時は携帯向けのWebも広がり始めていましたが、デスクトップ向けは完全に制覇していましたよね。

物江:そんな状況からエンタープライズもそれに合わせて開発が行われ、かつ後継のIEが出てこなかった。IE7が出たのは2006年。6年間、IE6だったんです。

川田:その間には、Windows XP SP2という大きな節目がありました。この当時、マイクロソフトはWindowsもIEもセキュリティ強化に走っていたんです。その影響でWeb標準への準拠や機能強化に手が回っていなかったように見えますね。

物江:それでも私を含め、Internet Explorer周りの開発者は、Web標準から離れた世界で幸せに暮らしていたと思うのですが、突然 Web 標準が叫ばれだしたのって、なぜなんですかね?

川田:IE6の時代だと、Chromeのシェアが伸び始める、2009年Google I/O頃からではないでしょうか。マルチブラウザ対策が求められ、IE独自の拡張機能が使いづらく、開発者は必然的にWeb標準準拠でモノを作らなくてはいけなくなったように思えますが。

物江:なるほど。Google I/O によってWeb標準というものが認知され、声高に叫ばれるようになると、IE6は「Web標準をないがしろにするならず者」として悪者に転落していったと。FirefoxやSafariなどのライバルたちがWeb標準に高いレベルで準拠。そして2010年のGoogle I/O でWeb標準が叫ばれることによって、だんだんIEが悪者に転落していきました。(※文末に注釈を追記)

社員一丸「ネットスケープに勝つんだ」という熱い思いを抱き開発

川田:歴史の振り返りはここまでにして、まず皆さんとIEの関わりについてお聞かせください。

佐藤:私とIEとの出合いは、大学4年生に遡ります。マイクロソフトでアルバイトしていたときに、「IE1のデモ用のHTMLファイルを書いてくれ」と言われたんです。当時は周りにHTMLをかける人が誰もいませんでした。

川田・物江:おお!それはすごいですね。

佐藤:最初は見よう見まねでした。プログラムのデモデータを作り、CD-ROMに焼いて配ろうというというところから変わりました。入社後はMS Office製品のチームに所属。IE4がリリースされるタイミングでプロダクトマーケティング(当時のWindows製品部)に移動し、Windows 98のプロダクトマネジャーを務めました。だからIE4の話はよく覚えています。
その後、Windows XPのサービスパック2(SP2)の直前(2003年)まで、Windowsのプロダクトマネジャーを務めました。

2004年からMSN事業部に異動してHotmailを担当しました。でも正直、IE6はあまり記憶にないんですね。

物江・川田:おお!!

佐藤:なぜかというと、Windows XPをリリースすることが我々の最重要課題で、それ以外のことを一切やるなと言われていたからです。

川田:だからそこまで手を入れなかったと。

佐藤:マーケティング要素的にはそうなんです。世の中を動かす影響度があったのは、当時はOSでしたからね。当時のWindows OSにはNT系のカーネルと9x系のカーネルという2つの系統がありました。「いつかはカーネルを一本化しましょう」という思いを、初めて結実したOSがXPでした。

しかもそのタイミングでユーザーインタフェースも変えました。そのため、とにかくリリースを大成功させることが、当時の私がいたチームに課せられたミッションだった。だからIE6には特別、そんなに印象がないんです。ただ、最初のビルドから安定していたことは覚えています。本当に優等生でした。

川田:最初から安定して動いていたんですね。

佐藤:2001年4月、ジム・オールチンが何かを初お披露目するということで、米シアトルのミュージックエクスペリエンス(スペースニードルの横にあるコンサートホール)に行きました。そこで見せられたのがWindows XPの画面。その2カ月後に最初のビルドが出てきました。それがIE6だったような。

村上:それがIE6だと思います。

佐藤:XPがWhistlerという開発コードで呼ばれていたとき、NTのチームに合流すると言われていたんです。当時私は9x系の担当だったため、見送る側というか、9x系OSに引導を渡す担当だったんです。Whistlerを見た瞬間に、ささっと引導を渡してしまいたいと思いましたね。それぐらいよくできていたOSでした。

川田:村上さんとIEの出会いについて教えてください。

村上:僕はIE5.5まで。長いエンジニア人生の中でずっとOSに携わってきました。マイクロソフトに転職前は日本IBMで、マイクロソフトWindows3.1日本語版の開発を担当しました。

それが縁で、Windows 95を作りませんかと言われて、マイクロソフトに転職。3年間、米ワシントン州レドモンドに住み、NECのPC98版の全責任者として関わりました。すごく大変でしたね。

そのときはブラウザの話は出ませんでした。その後、Windows 95系とIE系が日本のローカライズとテストと日本語環境向けの仕様チェックする部門の統括部長に就任。
96年から2000年まで、調布でIEに携わりました。2000年に登場したIE5.5のSP2までですね。

物江:噂ではIE6でシェアナンバーワンを獲得した後、ブラウザの開発チームはなくなったと聞いたことがあるのですが。

村上:それはないですね。ぼくが最初にIEと関わったのはIE3ぐらいのときだけど、当時のグループプログラムマネジャーがクリス・ジョーンズ。まだ20代後半で髪の毛はなんとオレンジ色。でもすごく賢い人で、日本の仕様の話をしてもわかってくれました。でも当時のマイクロソフト社内はWindows命なんだけど、IEでネスケをやっつけようぜという熱い盛り上がりがありましたね。

川田・物江:おお!!

村上:レドモンドも調布も「うちシェア上がったぜ」「またとったぜ」…という盛り上がりがありました。

物江・川田:シェアの取り合いなら、今もまさにやっていますよ(笑)。

村上:そうなんだ(笑)。IE4ぐらいから大企業にも導入しようという話になり、いろんなところで火を噴くようになりました。ブラウザに注文する10個の注文とかがくるんですよ。「次のサービスパックに入れないと、当社ではIEを禁止します」とか、いろいろ脅しをもらいました。だからIE6には日本企業からのリクエストされた仕様が結構、入っているんです。

企業システムにIEを展開しだしたことで、徐々に暗雲が

川田:とはいえ、今のようにブラウザでシステムを動かしていたわけじゃないですよね。

村上:社内システム用にIEを展開し出したときなんです。

川田:IE4からそんなシステムがあったんですか?

村上:IE4を積極的にエンタープライズ向けに推していたんです。アメリカの開発者は「俺たちコンシューマだぜ」という気持ちでいるんだけど、日本の企業のお客様のリクエストはすごく厳しい。営業からいきなりトップエスカレーションで成毛社長というようなリクエストがくるから。さらにccにスティーブ・バルマー(最高経営責任者)が付いていたり。

IE4の時は、サービスパックを4半期ごとに出していたのですが、エンタープライズの対応ができていないので、いろいろ注文をいただくんです。企業側は自分がルールブックだと言うし、レドモンドももちろん「俺たちがルールブックだ」と言う。間に立つ私たちは本当に苦労しました。

物江:フィードバックしてSPを当てていくじゃないですか。Web標準とかはあまり関係していなかったのでしょうか。

五寶:そんなことはないと思います。当時のW3CにはMSのIEチームの人が何人か入っていたと思います。コンポーネントの中には、元を正せばマイクロソフトの人が作った仕様というものも結構あるはずです。

村上:それよりもとにかく、「俺たちは勝つんだ」という体育会的な開発チームだったというのが事実ですね。

佐藤:営業的にもそうですよ。

村上:盛り上がりが全然。現在とは違って、昔はワイルドだったですよ。キュウキュウいわしていました(笑)。

川田:スタートアップみたいなノリだったというわけですね。五寶さんとIEの関係について教えてください。

五寶:私はXP SP2からIEに関わりました。私が開発チームに移ったのが2003年ごろ。XP SP2の開発途中だったんです。会社的にもワイルドからマイルドになっていましたね。私たちがキュウキュウ言わされていました(笑)。

佐藤:私がMSN事業部に異動した頃です。

村上:ちょっと手薄になっていた時代だけど、IEが悪いとは言われていなかったような気がするんだけど。

五寶:そうですね。僕が開発チームに移動した時には、IE担当者は日本にいなくて、OSの中でIEも面倒を見ますよという感じでした。XP SP2が出るまでは開発者もユーザーもみんなIEがかなり好きだったと思うんです。

入社当時、僕はエンタープライズのTAMだったので、CodeRed や Nimda などのセキュリティの件で、お客さまに謝ってばかりいました。そのような背景あって徐々にセキュリティ強化にシフトしていきました。XP SP2のリリース段階で本当は次の Windowsを出したかったんだと思いますが、XPも見殺しにできない。そこでXPのセキュリティを何とかしろということから、SP2が出てきたんだと思うんです。

川田:やっぱりそうなんですね。Vistaのリリースまで不自然に期間が空きましたからね。

物江:ブラウザにもセキュリティ強化の影響があったのですね。

五寶:IEも修正すべきセキュリティホールがあるはず、だから多くの修正や機能が SP2 に入りました。確かに当時はActiveXコントロールでやりたい放題できたんです。自由にいろいろできる反面、セキュリティに弱かったんです。

川田:ActiveXコントロールはいつでたのでしょう。

物江:IE3ぐらいからあったのでは。

五寶:僕らのチームはXP SP2のローカライズのテストをする傍ら、IEのセキュリティ設定の大幅な変更から、互換性に問題がいろいろ出てきたんです。一見するとセキュアなモノを作ったのですが、お客さまからするとユーザビリティが損なわれて互換性もないというように見えてしまった。

物江:確かに昔URLにパスワードとユーザーIDを含めて、Basic認証ができましたものね。それでブルートフォースアタックされたりとか。

五寶:XP SP2はそもそも次の Windows で取り入れようとしていたセキュリティの強化を実装していたので、IEの内部は追加の仕様や基本機能の追加で、結構進化していたんです。

佐藤:IE3が結構、大きなマイルストーンだったと思います。

 ⇒「IEによりオープン系技術が拡大、一方でWeb標準への準拠が遅れる」に続く

(執筆:中村仁美/撮影:刑部友康)

[注釈1]物江氏よりWeb標準準拠についての補足(2014.04.10追記)

このインタビューの直後に、Web標準が一般のWeb制作者の間でも声高に言われ出したきっかけについて、気になったのでいろいろと調べてみました。

「Web 標準」の重要性というのは、「第一次ブラウザ戦争」のころから既に言われだしており、1998 年には既に(The Web Standards Project ※略称:WaSP) が結成され、同年にはCSS1に対してのBox Acid Test(Acid1)が開発されていました。

しかしながら、90年代後半から2000年にかけてのWeb制作の現場 (といっても、当事者の環境によるので一概には言えませんが)では、「クロスブラウザ」は意識されたものの「Web標準」はそれほどつよく言われていなかった印象があります。

その後、2005年前後から日本では「Web標準」を冠した書籍や勉強会が行われるようになりましたが、そのきっかけについて周囲から意見をいろいろと聞いて回った結果、私の中では、「『Designing with Web Standards』の刊行がきっかけ」という点に落ち着いています。刊行された2004年の後半からムーブメントが始まって、2007年にピークを迎え、2009年には当たり前になった感じ、でしょうか。

さらにこの話を聞いた時点では、『Designing with Web Standards』が注目された背景には、新しいWebブラウザの隆盛にあるのではないかと思っていました。根拠となったのは以下のような流れです。

Netscape Navigator 6から引き継いだWeb標準準拠のレンダリングエンジンGeckoを搭載したFirefoxが2002年9月にリリースされ、続けて同年Mac OSへの標準WeブラウザとしてのInternet Explorerの搭載と開発が終了します。翌2003年1月にSafariが登場し、同年10月リリースのMac OS X v10.3 PantherからはSafariがMac OSの標準Webブラウザとしてシェアを伸ばし始めます。(※Mac用IEは5.0開発が止まっていたので、それ以前のMac OSに入っていたIEもSafariに置き換えられたのではないでしょうか)

すると、Web 制作者たちは新しい Web ブラウザでのクロスブラウザで動作する Web コンテンツを制作しなければならず、Web 標準の重要性が浮き彫りになり、「Web 標準」が声高に叫ばれるようになったと。

ただし、これについても「新興の Web ブラウザの隆盛は関係ない」との意見も多数あり、いまひとつよくわかりません。

「XHTMLが」、「div 中が」など様々な意見があります。

皆さんはどうお考えになりますか?

Internet Explorer 6の登場から12年。IE6への対応でWeb制作者に無用な負荷を強いることになったことに関して、ひとつ言えることは、その後のWeb標準の流れに迅速に対応せず、標準の仕様との間で乖離を生み出してしまったことです。ただし、このときの反省からかIE9以降のIEのWeb標準への準拠にはめざましいものがあります。

<参考:最新Web技術動向>
知らないと損する?Webページを検証できる無償のmodern.IE/F12開発者ツール
HTML5でネイティブアプリを作ろう!「Windowsストアアプリ」開発入門

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馬場美由紀 (CodeIQ中の人)

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