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造形作家・澤奈緒さんがVRアートに挑戦──VRクリエイティブ・プラットフォーム「STYLY」を活用

2017.09.21 Category:インタビュー Tag: ,

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新しいアート表現に前向きなクリエイターたちが、いまVR(バーチャルリアリティ)への関心を強めている。クラウドベースのVR制作環境が整い、参入の壁も低くなった。ファッションVRサービスを手掛けるPsychic VR Labと、造形作家の澤奈緒さんがコラボレーションして世界に発信したVR作品制作の舞台裏をインタビューした。 by 馬場美由紀 (CodeIQ中の人)

浮遊し増殖する巨人像。時空の広がりに立ちすくむ

深く落ちくぼんだ眼窩。目、鼻、口を覆う白い皮膚は削り出された岩のようでもあるし、骨のようでもある。そんな人の顔をした石像が、夕闇迫る空を背景に浮遊する。一つ、二つ、いや数え切れないぐらいに増殖する。

石像に近づこうと一歩足を踏み出すと、いつか像は巨大化し、天空を覆う。手が届きそうだが、触われそうで触われない。

眼下には水平線さえ見えない広大な海。吹きすさぶのは成層圏の風の音。自分の位置の高さを自覚して、一瞬足がすくむ。いま自分はどこにいるのか。ここは地球か、それとも別の惑星か。これは夢なのか現実なのか……。

そんな不思議な体験ができるのが、石塑粘土や古布などを素材とした制作する造形作家・澤奈緒さんの「Quantum Composition by SAWANAO」と題された展示会。といっても、リアルな立体作品がどこかに展示されているわけではなく、作品をバーチャルな世界に投影したVR展示会だ。

VR空間で鑑賞できる澤奈緒さんの「Quantum Composition by SAWANAO」。WEBブラウザからVR空間を閲覧したり、動画で鑑賞することも可能だ

作品はVRスタートアップのPsychicVR Labが提供する、VRクリエイティブ・プラットフォーム「STYLY(スタイリー)」を使って制作された。観客はVR用のヘッドマウントディスプレイを装着して観賞する。

コンピュータによって作り出された人工環境を現実として知覚させる技術「バーチャルリアリティ(VR)」。人間の知覚を拡張する技術の一つとして、科学技術分野における情報の可視化や疑似体験システム、医療、アミューズメントなど幅広い領域での応用が進んでいる。

一方、芸術表現とVRの結合についてさまざまな試みも始まっている。バーチャル世界のギャラリーで、世界中の美術館に所蔵されているアート作品の鑑賞を可能にする「Google Arts & Culture VR」や、ソニー・デジタルエンタテインメントが運営する世界初のVRアート専門ギャラリー「VR GALLERY」が登場したのは2016年。この年はVRアート元年とも呼ばれる。

芸術の歴史は、それぞれの時代の最先端テクノロジーを使いながら、人々の視聴覚体験を拡張し、人間の心理を含め、見えないものを見ようとしてきた歴史ともいえる。

20世紀中盤からは芸術表現にコンピュータを積極的に利用するメディアアートという分野も誕生した。VRという新しい技術に表現の可能性の新境地を託すアーティストがいても、なんら不思議ではないのだ。

そんな一人が、澤奈緒さんだ。武蔵野美術大学で視覚伝達デザインを学び、卒業後にイラストレーションの専門塾にも通い、最近の作品は2次元の制約を超え、立体へと向かうようになった。

造形作家 澤 奈緒さん
仏教や神道をベースとした精神世界と科学をテーマに、主に石塑粘土や古布などを素材とした立体作品を制作し、国内外で作品を発表している。2014年、IMA展にて外務大臣賞を受賞。NAO SAWA WEBサイト

2013年の個展『零度の惑星G』は、ディストピアを乗り越えユートピアを実現した、とある惑星の生物たちというのがテーマ。

その中心には、そぎ落とされた骨のように肉体が独自の進化を遂げた全長約1mの「宇宙の弥勒菩薩」が鎮座している。それらの造形には澤さん自身の幼少期のトラウマへの鎮魂や、理想の世界への祈りが込められているという。

澤 奈緒さんの作品「宇宙の弥勒菩薩― SPACE MAITREYA」

VRで、クリエイターの発想や表現の幅が変化する

しかし、澤さんとVRの出会いは実はごく最近だ。

「4カ月前まで、自分がVRの世界に足を踏み入れるなんて考えもしませんでした。以前から作品のテーマとして精神世界への興味はあり、古代エジプトで死者とともに埋葬された『死者の書』の世界をいつか自分の作品で実現したいと思っていました。

ただ、リアルな立体作品でそれを構成するのは展示スペースに限りがある。VRならもしかしたら可能かもしれないと思ったんです」

その可能性が現実になったのは、PsychicVR Lab 代表取締役の山口征浩氏との出会いからだ。同社は、以前からリクルートが渋谷に開設するスタートアップアクセラレータラボ「TECH LAB PAAK」に参加しており、2016年の成果発表会では特別賞を受賞した。

その副賞として日本マイクロソフトのテクノロジーセンターを同センター長の澤円氏自らに案内してもらえる権利を獲得した。実は、この澤円氏の夫人が澤奈緒さんというわけだ。

「そんな縁もあって、夫に紹介されて山口さんと出会ったとき、それぞれ考えている世界観が近いなあと思ったんです」

一方、山口氏も「澤さんの立体作品を拝見したとき、その存在感に驚きました。ただ写真や印刷物ではその驚きはなかなか伝わらない。VRで表現すれば、より立体感が伝わるだろうと思ったんです」という。

とはいえ、山口氏が狙うのは、単にその作品をリアルに見ることができないから、VRを使って代理体験するということではない。つまり、リアルをバーチャルに置き換えることではないのだ。

「VRでしかできない芸術表現があり、VRがあることで、発想や表現の幅、思考自体が変わってくるということがあると思うんです。クリエイターたちに潜在しているクリエイティビティを引き出すツールやプラットフォームとしてのVR。

澤さんのようにリアルな作品を制作している造形作家が、VRに挑戦するとどんな世界が広がるか、それを私もまた体験したいのです」

株式会社Psychic VR Lab 代表取締役 山口征浩氏

ただ、VR作品制作にはハイスペックなコンピュータやカメラ、高価なソフトウェアが必要なのではないか、という思い込みが誰にもあるはず。VRが普及しつつあるとはいえ、一般のクリエイターにとっては、まだまだハードルが高いのではないか。

「そのハードルを下げるのが、私たちの役目の一つだと思っています。VR制作環境をクラウド上に実現することで、VRへの参入障壁を減らし、アート世界に多様性を生み出したい。VRは見て楽しむだけでなく、自分たちでも簡単に作れるんだという認識を広めたい」と山口氏は言う。

「STYLY」のクリエイター向け機能は、今後も無料で提供されるという。

ドラッグ&ドロップ、ボタン一つでVR表現が可能に

「STYLY」を使った「Quantum Composition」制作のプロセスの概略はこうだ。澤さんが前出のレリーフ作品をPsychicVR Labの新宿アトリエに持ち込んだのはこの7月のこと。もともとは今秋にマレーシアで開催を予定している作品展を構成するピースの一つだ。

これを同社の3Dスキャニング技術を用いて、3Dモデル化を行った。フォトグラメトリーという手法を用い多数の写真画像からVR内で利用可能な高品質な3Dモデルを生成する。VR化のための処理はすべてクラウド上で実行される。

VRのためのハイスペックなマシンは不要。3Dオブジェクトの位置やサイズの調節、背景の変更、さまざまなエフェクトもボタン一つでできる。慣れれば30分もあれば独自のVR空間を作ることが可能だ。後はヘッドマウントディスプレイで映像を確認しながら、細かい修整を加えていく。

「私も、STYLYの使い方は一度勉強会に参加したことがあるだけ。PhotoshopやIllustratorは以前から使っていますが、レイヤーの考え方がよく似ているので、すぐに馴染めました」と澤さんは言う。

「とはいえ、すでにデジタル世界でVR表現に取り組んでいるクリエイターに比べたら、私のテクニックは足下にも及ばない。だから私はすべてをCGで制作するのではなく、造形作家というアナログの世界にきちんと足を据えながら、VR表現にも関わるというスタンスを守りたいんです」

むしろ、手で粘土をこねたり、石膏をノミで削ったりする作家たちが参加することで、プラットフォームの操作性やソフトウェアの使い勝手などについて、多くのフィードバックが蓄積され、制作環境はより進化していくはずだ。

「そう遠くない時代に、VRやAR(拡張現実)、MR(ミックスドリアリティ)は日常化していきます。かつてウォークマンの登場で人々が音楽を身にまとったように、VRの普及で人々は街中にいながらにして別の空間を身にまとうようになるはず」と、山口氏は今後を予想する。

「これまでのアートは、それを見るためには展示会に足を運ばなければならなかったのが、VRを活用することで世界のどこからもアクセスできるようになります。

初めてのVR作品制作がとても楽しかったので、今度はマリオネットの動きをVR化してみたらどうだろうなどと、私自身の発想も刺激されています。VRにリアルな感覚や質感を大胆に持ち込むことで、アートはもっと豊かになるという確信が得られました」

と、澤さんは今回の作品制作で得たものを語っている。

山口さんが持っているものが、今回のVRで使用した作品

「Quantum Composition by SAWANAO」の閲覧方法

◎VR空間へのアクセス

STYLYサービスサイトよりHTC VIVE用STYLYのビューアーアプリをダウンロードしてアクセス。 

◎Webブラウザでアクセス

WebブラウザからVR空間を閲覧することが可能。こちらからアクセスできる(Google Chrom/Safari/Firefoxの最新バージョンに対応)

◎動画で鑑賞

Quantum Composition by SAWANAO from STYLY on Vimeo.

(執筆:広重隆樹 撮影:刑部友康)

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