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ビンテージ文化に学ぶストーリープランニング──IoT時代の「モノ」プランニング

2017.11.27 Category:【連載】IoT時代のモノプランニング Tag: ,

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これまでビンテージとはカタチある製品や洋服、楽器などのハードウェアが持つ独自の価値とされてきました。
しかし、最近のビンテージブームはソフトウェア業界においても関心を高めつつあるようです。今回はビンテージの持つ「情感的価値」について、考えてみましょう。
by 河村裕司

ビンテージ文化に学ぶストーリープランニング

今、世界的なビンテージブームが訪れていると言われていますが、日本でも古着や中古レコード、中古カメラなどが再評価され始めています。

このような動きは、社会情勢とも無縁ではないのかもしれません。まずは、ビンテージについての定義・認識について整理してみましょう。


●本項におけるビンテージの定義

米国税関は「アンティーク = 製造から100年を経過し、修復後も元の特徴を50%以上保持しているもの」と明確に定義しています。一方、ビンテージの定義は、より曖昧で各業界が独自の慣習に従っているというのが現状のようです。

もっとも、本章のねらいは、時の経過とともにモノが帯びていく価値について考察することであり、古物商の定義を詳細に掘り下げることではありません。従って、「ビンテージ = 一定の年月が経過して程良く味わいが出た逸品」と一括りに定義しています。


●ビンテージは誰のもの?

イギリスのタブロイド紙、Daily Expressに興味深い記事がありました。イタリアのBocconi大学の実験研究結果が引用されており、昨今のブレグジット、核の脅威、ドナルド・トランプのアメリカ大統領就任など未来に対する不安定な要素が増長されている。その結果、それに反発するかのように人々は揺るぐことのない過去に対して想いを強める傾向にあるというものです。


これまでのところ、ビンテージはハードウェアが持つ独自の価値でした。

しかし、一時期のiOS、Android用のビンテージ風スキンの流行、僕自身も使用しているタスク管理ツールTrelloにも放置された未更新の付箋が色褪せるという仕掛けがあったり、ソフトウェアシンセサイザーでもビンテージ風のGUIが多数存在したりする様子を見ると、ソフトウェアデベロッパーもビンテージに関心がゼロというわけではなさそうです。

IoT時代を迎え、ソフトウェアとハードウェアの境界がより不鮮明になる中、ビンテージについてハードウェアだけではなくソフトウェア界隈も巻き込みながら今よりも活発に議論が展開されるようになるかもしれません。

そこで今回、皆さんと一緒にビンテージやその背景に付いて考えてみるのも面白いのではないかと思った次第です。

ビンテージ楽器の持つ魅力と問題点

ビンテージと聞いて何を思い浮かべるでしょうか?語源となったワインは欠かせないという人もいるでしょうし、家具、洋服、人形、ジーンズ、オーディオ、カメラ、衣料品、車などを思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。

楽器にもコルグ MS-20、VOX V846、Arp Odyssey、ローランド TR-808、ヤマハCP-70などビンテージと言われるものが数多く存在します。僕自身もローランドのビンテージリズムマシン、TR-707を購入した経験があります。

当然、その音色はリアルなものではありますが、長年の使用に耐えながら劣化を重ねた楽器ゆえにノイズにも悩まされ、各ドラムキットの音色を変えようにも今ほどパラメーターが用意されておらず、ボリュームしか変えられません。フレーズを保存する記憶メモリーも壊れており、徹夜で作り上げたフレーズが唐突に消えてしまうこともあるなど、いつもヒヤヒヤしていました。

当時、TR-707のサンプリングCD(実機で再生したリズムパターンやスネア、タム、ハイハットなどの単音をノイズレスの良質な状態でCDに収録した音源素材集。音源素材をシーケンサーと呼ばれる機材で並べて再生することで独自のリズムパターンを構築できる)も販売されていました。

結果としてTR-707がサンプリングCDに置き換わったかというとそうではなく、その後も長らくTR-707は僕のスタジオに居座り続けたのでした。

スタジオに往年のダンスミュージックの歴史を築き上げた、TR-707が置かれているということ自体が気分を高揚させましたし、色褪せた筐体や剥がれかけの塗装を見ながら以前のオーナーたちや、その人たちによって作られたビートに想いを馳せることも楽しいものでした。

その時々の気分が曲作りに与える影響は大きいもので、実機がなければ生まれないものがあるのも明らかでした。

多くのモノと同様、楽器も汚れや傷、凹み、サビなどによって価値が失われると考えられがちです。このことは特定の操作子が壊れてしまい機能しなくなることによる「機能的価値」の低下や、部品や表面の劣化による本来の音色や外観への悪影響が「芸術的価値」を低下させるといった懸念によるものです。

従って、ビンテージ楽器も一般的には外観が新品に近い状態であるほど高値で取引される傾向にあります。

しかしながら、同時にユーザーは老いていく楽器に対して様々なストーリーを思い描くことでそこに「情感的価値」*を見出す傾向があることも事実です。

■モノを構成する4つの価値(詳しくは第1章参照)

機能的価値 ユーザーが抱える悩みや課題を解決する直接的かつ実用的なソリューション
使用的価値例 ユーザーに「機能的価値」の存在を伝え、機能へのアクセスを容易にするユーザーインターフェイス
芸術的価値 楽器の命ともいえる音質、ステージ上でアーティストの演出を引き立たせる外観など、美的感性に訴える価値
情感的価値 ユーザーのワクワク感、憧れ、懐かしさ、哀愁といった感情を刺激する情緒的なストーリー

老いていく楽器が持つ「機能的価値」「芸術的価値」、そして「情感的価値」との間には普通は、前述のようなトレードオフが存在しますが、この常識を打ち破ることで成功した楽器業界における新しいビジネスモデルがあります。それが次項で紹介するアメリカの老舗ギターメーカーFenderによるCustom Shopです。

Fender Custom Shopの挑戦

Fender Custom Shopでは、「ギターの過ごしてきた時代やオーナーの移り変わり、それに伴う経年劣化や音色変化、カスタマイズの跡も含めギターの歴史を再現する」という壮大なコンセプトが掲げられています。

そしてそれを実現する上でキーとなるのが、マスタービルダーと呼ばれるCustom Shop専属の職人の存在、そして彼らの持つエイジング加工技術です。

エイジング加工とは、ギターのボディや金属、プラスチック製の部品が酸化したり、熱、紫外線、水分、タバコのヤニなどに触れることによって劣化したり、ピッキングや運搬による傷や表面の塗装が剥がれたりする様子を意図的に再現することでビンテージギターの持つ「情感的価値」を醸成するという技術です。

それらは知的財産として登録されているほどの緻密で精巧なものです。

そしてCustom Shopの秀逸さは、本来はギターにとって過酷とも言えるエイジングを施したとしても「機能的価値」「芸術的価値」をまったく失わせないところにあります。

ここにマスタービルダーの手腕が大いに貢献しており、下手に素人が真似しようものなら、たちまちギターは使い物にならなくなってしまいます。

Custom Shopにオーダーできるエイジング加工の度合いは、以下のように様々なオプションの中からユーザーが自由に選択することが可能になっています。

■Closet Classic

新品状態のまま長期間ケースで保存された状態を再現したもの。ボディ各所への傷や腐食などはあまり起きず、最低限のエイジング加工。

■Lush Closet Classic

オーナーによって丁寧に扱われ美しく保たれながら、長期間を経過した状態を再現したもの。複雑でありながらも適度な味わいのエイジング加工。

■Journeyman Relic

週末のジャムセッションなど自宅での使用をメインに、長い時間を経て何人ものオーナーの手によって大事に使われてきた状態を再現したエイジング加工。

■Relic

クラブやバーで長年に渡り日常的に使用され、全体に経年的な劣化が見られる状態を再現したもの。「刻まれた歴史」を再現したエイジング加工。

■Heavy Relic

何十年にも渡り最も過酷なツアーやプレイを経験し、実戦で使い込まれてきた状態を再現した、風格あふれるエイジング加工。

■Tribute

著名アーティストが愛用したギターの仕様やコンディション、ピッキングの癖が生み出す特有のボディの傷、塗装の剥げ具合、タバコの焦げ跡までも、アーティスト本人ですら見分けが付かないほどのクオリティで忠実に再現したエイジング加工。

もはや、ここまでくると新品、ビンテージ、レトロ、表現に困ってしまうほどです。いずれにせよCustom Shopがユーザーに提供するものは、ギター本体はもとより、「ギターの歴史」「ギターに教えられる体験」と言ってもいいでしょう。

Fender Custom Shopのギターの創り手は誰?

Custom Shopのギターは誰が作っているのでしょう?

エイジング加工を施しているのはCustom Shopですが、エイジングによる「ギターの歴史」を作ったのはメーカーではなくユーザー自身です。

「モノに教えられる体験」は、モノの深みや味わいにユーザーの情緒が刺激されることで生まれる内省的なものであると考えれば、ここにおいてもその体験を作り上げることができるのは、個々のユーザー以外に代わりは存在しないことになります。

そうすると、このギターを作っているのは、ユーザーとも考えることもできそうです。そして「メーカーとユーザーの共創」という事実が、さらに新たな「情感価値」の創出へと繋がっていることも想像に難くはありません。

もちろん、逸品に出会うまでの面白さや、自分で育て上げる楽しみなどをビンテージの魅力と考える人も多くCustom Shopが完全にビンテージに置き換わるというものではありません。

しかしながら、「ユーザー視点」「ユーザーを巻き込んだモノづくり」「モノからコト」など昨今のモノのプランニングにおけるキーワードを考える上で、Custom Shopの事例が示唆に富んだものであることには間違いなさそうです。

ストーリープランニングの時代へ

これまで述べてきたように、ビンテージの持つ「情感的価値」の源泉はストーリーであり、ストーリーがユーザーに内省を促し、その過程を通じながらユーザーとモノの距離は縮まっていきます。そしてストーリーは時の流れとともに作られていくものです。

確かにビンテージには「老い」という特徴があるものの、実際すべてのモノは時間を経て、多くの人と関わりながらユーザーの手元に送り届けられます。ビンテージほど極端ではなくとも、あらゆるモノにはストーリーが存在するはずです。

例えば、クラウドファンディングでは資金調達の段階で開発のプロセスを公開したり、つくり手がそのモノを出品するに至った熱い想いを語ったりすることは、出資者の関心を得る上で欠かせませんが、仮にこのような仕組みが存在しなければ今ほど世の中に浸透することはなかったでしょう。

学生時代に社会見学でモノづくりの現場を見た直後、そこで作られていたモノに対し深く考えるようになった経験はありませんか?

お祭りの屋台で目の前で調理される焼きそばがその辺の飲食店やスーパーで売られているものよりも何倍も美味しそうに見えた経験はないでしょうか?

偉大なモノづくりメーカーの経営者の伝記を読んで、そのメーカーの製品にさらなる興味を深めたことはないでしょうか?これらはすべてストーリーの力です。

では、逆のパターンを考えてみましょう。最近、何かを購入した後にそのモノを眺めながら、誰によってどのように開発、製造され、海を渡って自分の手元にやってきたのかを想像したことはあるでしょうか?恐らく多くの答えはノーでしょう。

この矛盾は、ストーリーが、それ自身が存在するだけでも、単にモノを作って売るだけも伝わらなく、伝えるためには一歩踏み込んだ工夫が必要なことを示唆しています。

IoTによりモノ同士が繋がれば、そこには従来の「ヒト対モノ」のコミュニケーションを超えた新たな世界が生まれるでしょう。その際にメーカーには、ユーザーに対してモノの機能的、物理的な側面だけではなく、モノとモノが繋がった後の体験までを含んだ設計が求められます。

この点においてもストーリーの重要性が今後、さらに高まることに疑いの余地はありません。

あらゆるモノはアイデアがなくては始まりません。つまり、ストーリーの起点こそがアイデアなのです。アイデアを生み出した張本人のプランナーには、今後ストーリーまでを含めたプラニングが期待され始めています。

(執筆:河村裕司 イラスト:高田真弓)

■IoT時代の「モノ」プランニング レポート一覧


●著者プロフィール

河村裕司
経済産業大臣登録 中小企業診断士。株式会社コルグ開発部。自社ブランド、他社とのコラボレーションなどにおいて電子楽器のプロデュースを行う。代表作にKORG KAOSS PAD 3、KAOSS PAD mini。VOX Valvetornix、ToneLabなど。担当製品の受賞歴にヨーロッパ最大の楽器見本市Musik Messe主催、Mipa AwardにおいてBest DJ Tool/Software賞、米国DJ Mag紙主催、TECH AWARDSにおいてInnovative New DJ Product賞など。朝日中小企業経営情報センター発行の情報誌「ACC INFORMATION」No38に執筆論文「愛されるモノづくり」を掲載中。Facebookはこちら

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